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石和電気通信学園
昭和41年一四会メンバーが入社した頃は、関東エリアの線路屋さんは石和電気通信学園で実務研修を行いました。もちろん一四会メンバーはこの学園に行っていますが、当時入社した社員の数が多く、全員が研修を受けるためには何回かに分けて行かなければなりませんでした。当時使った教材が右の写真です。 電柱を建てる訓練、電柱の上の作業を想定した訓練、ケーブル心線接続の訓練、鉛工訓練などを行いました。 写真の教科書の中に、今は珍しい「裸線線路」というのがあります。 ケーブル心線接続の研修は鉛被ケーブルで紙絶縁心線で、また、接続部分を鉛管(鉛の管)で覆って半田で付ける「鉛工」も実習しました。 研修生は全員、原則として入寮。個室ではなく数人で一部屋なので、消灯時間もありました。テストの前の晩は、消灯後に明かりが点いているトイレで、テスト勉強したのを思い出します。 昭和45年に石和電気通信学園が閉鎖。実習場は運動グラウンドに、寮の跡地は保養所「機山荘」になりましたが、保養所はその後閉鎖されました。
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